俺は本末転倒していたようだ。「officeで使えるiphone」

仕事は机にくっついているもんじゃない。workerが机に縛られているのは、そこにPCがあるからだ。

  • 同僚とのコミュニケーション(自席でする必然性は無い)
  • アイデアをひねる(海辺や岩山の上で座禅組む必要はないが、カフェや図書館でやれたら、そっちのほうがよくないか?)
  • 営業活動
  • 自分の製品が作られ、売られる、使われる現場を見て、生のフィードバックを吸収する

PCとPCの間、オフィスとPCとの間でWebCAMで空間共有、というのは「制約」に過ぎないのではないか?
ならば、自分にメディアがくっついてくるのが自然である。
それは ubiquitous じゃん、という俺は以前も存在したが、ではそれがどのように立ち現れてくるかというイメージが欠けていた。
mediaとの接点、および視聴覚のセンサーがwearableで、mediaを自分のところまで持ってくるデバイス、そして、身の回りにreadiness(すぐに思い出せる、すぐに使える、人間の情報処理能力をわざわざ割いて取捨選択する必要の無い状態)を持って滞留させる情報のオーガナイズの手段、それがこれからのソフトウェアの役割だ。
そんなことをGmail+Google Gearsのネタを読んでいて考えた。
最終的には、mobile/wearableな装置のキャパシティは、現在のPCのように一般人の仕事の処理能力・容量を超えるだろうが、当面は接続性、容量、CPUパワーのいずれも限界があり、cachingの方法はreadinessに大きな影響を与えるだろう。そして、最終的なデバイス=人間の処理能力はどうしようもないほどの限界がある。だから、情報の階層的cachingのテクニックは、その力点を移しながらも廃れることは無い。
(最近はlifehackという形で、人間の中身の方にもsoftwareがインストールされつつあるが、そのscalabilityは疑問だ。それにどちらかというと人間は効率よく動くpartsであるよりは、neuronの新奇な結びつきによる遺伝アルゴリズム的noiseの源であって欲しい。)

たとえばfilttr

Twitterに雑音多すぎ―Filttrで重要なニュースだけフィルターできる | TechCrunch Japan
これって、Googleの検索サービスに匹敵するくらいの根源的なサービス。しかし、カネになるかというとまた別。消費行動とダイレクトに結びつくからGoogleはその検索結果で商売ができる。でも、filteringする本当の意味は、自分の心の中の小さな声に耳を澄ますために雑音をシャットアウトすること。つまり、このサービスの価値は、その人の中身の価値の認識に大きく依存する。自分の中身が腐っていると思ったら、外部の雑音でそれを紛らわしたい人だっているはずだ。本当に自分の価値を分かっている人にしかこのサービスは対価を求められない。(自分の中身にうぬぼれがある人は、こんなサービスなんか不要だと感じるだろう。だって中身も雑音だから、雑音足してもクオリティは下がらない(笑)
逆に言えば、エンタープライズの情報伝達システムとしては、凄く意味があるだろう。被雇用者に無駄なことをさせないわけだから。

油断ならんpheedo


Livedoor Readerの出力とかに広告を出す商売。blogのエントリのフリして広告ってのもよくあるよな。